西行帰
【さいぎょうがえり】

旧国名:陸奥
(中世)室町期に見える地名。宮城郡松島町の「西行戻しの松」付近に比定される。文明13年松島を訪れた准后道興は「廻国雑記」の中で「奥の細道,松本,もろをか,赤沼,西行帰などいふ所々をうち過ぎて松島に到りぬ」と記している。西行もどしというのは,西行がある官女と契ったのにその女は西行を「あこぎ」といましめた。西行はその意味がわからず諸国を遍歴,松島において塩竈明神の化身の老人からそれは古歌に「伊勢の海阿漕(あこぎ)が浦に引く網もたびかさなれば顕れやせむ」とあるこころで,たび重なる意味だと教えられ,それにしてもこれくらいのことも知らない自分を恥じてそこから立ち帰ったという伝承に基づく。「撰集抄」には西行が松島に来たとあり,西行が松島を訪れていることは確かであるが,この伝説の成立はそのように古いものではなく,松島が詩人墨客の間で有名になり,塩竈明神が住吉の神と同じように歌神とされるようになってから後のものである。しかし室町期には成立していた。准后道興は利府(りふ)町赤沼細谷から姉取山の尾根伝いに西行戻し松をたずね松島にかかったと考えられる。この古道が,多賀城から牡鹿(おしか)郡へ至る街道の東海道であった(松島町誌)。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7017741 |




