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阿仁鉱山
【あにこうざん】


北秋田郡阿仁町阿仁川中流にある歴史的鉱山。鉱区は阿仁町の北半。鉱山事務所は,国鉄阿仁合(あにあい)線の阿仁合駅近く,銀山(ぎんざん)にある。鉱床は典型的脈型,鉱石は黄銅鉱・赤鉄鉱・自然金・方鉛鉱・閃亜鉛鉱・斑銅鉱・黄鉄鉱・重晶石・方解石・石英などで,主に金・銀・銅を産した。鉱山名は地域名に由来する。開発は天正3年,西対岸の向山(むかいやま)銀山に始まる。慶長年間には糠内沢の支流板木沢の金銀,九両沢(きゆうりようざわ)の一部七十枚などの金で栄え,元和3年には,三枚(さんまい)・三両間歩も開坑した。寛永・寛文の頃には,すでに麓に銀山町が発達,人口は1万に達したが,鉱床の上部は掘り尽くされていた。寛文10年に至り,大坂の商人北国屋の手代高岡八右衛門が比内(ひない)・阿仁地方を探鉱し,極印沢(ごくいんざわ)の近くに小沢鉱床を発見して以来,銅山としてにわかに発展,その後,延享元年までに,真木(まき)・大沢・萱草(かやくさ)・天狗平(てんぐだいら)・三枚・二の又・一の又を加えて,発展を続けた。大坂の北国屋の経営下にあった小沢鉱山は元禄15年秋田藩の直営となり発展,大坂廻銅は140万斤にも達し,輸出銅の主流を占めた。天明4年の凶作で一時休山したが,寛政2年復活。明治維新後,県営を経て,明治8年工部省の直営となり,同13年ドイツ人メッケル,ライヘル両氏来山,同15年新式製錬所を開設,同18年古河市兵衛に払い下げられた。古河市兵衛は経営の合理化を進め,下部の採掘,運搬・動力の施設,選鉱場の改善などを行い,鉱山事業は進捗し,阿仁町は活気を呈した。しかし昭和6年鉱量尽き休山。同8年廿四孝(にじゆうしこう)の山頂近くで,緑泥石赤鉄鉱脈を発見,阿仁金山として復活した。第2次大戦中は再び銅山として継続された。戦後一時採掘を中止したが,廿四孝の下部のほか,芝森(しばもり)方面の引割坑奥に銅鉱脈を発見し,小沢に選鉱場を設け,銅精鉱・硫化精鉱を産出したが,近年鉱況振わず休山中。なお鉱山事務所隣りにある異人館,事務所所蔵のメッケル報告書(写)などは貴重な鉱山資料である。




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「角川日本地名大辞典」
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