山元村
【やまもとむら】

(近代)明治22年~昭和32年の南村山郡の自治体名。狸森(むじなもり)・小白府(おじらふ)の2か村が合併して成立。大字は旧村名を継承。役場を大字狸森に設置。明治42年の戸数242・人口2,112。世帯・人口は大正9年292・1,723,昭和10年293・1,888,昭和25年303・1,939。第2次大戦前は薪・製炭業が盛んであったが,第2次大戦後は養蚕・タバコ栽培が盛んとなった。また昭和26年,地内の山元中学校の青年教師無着成恭は生活綴方教育の成果を「山びこ学校」としてまとめ,全国的に大きな反響を呼んだ。昭和28年の米生産額812石,養蚕農家は206戸,収繭高1万1,528貫,製炭6万8,000貫(村勢一覧)。昭和32年上山(かみのやま)市に合併。各大字は同市の大字として存続。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7028115 |




