桜町
【さくらまち】

旧国名:陸奥
(近世)江戸期~明治9年の町名。中通り南部,阿武隈(あぶくま)川上流と谷津田川にはさまれたほぼ中央に位置する。白河郡のうち。白河藩領。小峰(白河)城下郭外のうち。村高は,文化年間の演説書書抜では599石余,「天保郷帳」725石余,「旧高旧領」731石余。なお「天保郷帳」「旧高旧領」では桜町村とある。町名は昔薄墨桜の名木があったことによるという。城の追手口東南はずれにある表の町で,長さ202間・幅6間,横丁が北側に2条,南側に3条あった(白河風土記)。寛文年間の家数78軒・人数542(町在家数人別帳)。鎮守は城の東にある大村の鹿島神社。町の南部に同社祭礼の神輿が渡る時の休憩所鹿島宮御旅所がある。町の東端に岐路があり文政5年の牓示の碑があり,表面に「梵字,右たなくら,左いしかは道」とある。またこの場所を宗祇戻しといい,文明13年の鹿島神社連歌興行にちなむ伝説が伝えられている。町の東端南側には瓦や陶器を焼く瓦師長屋がおかれる。もと白川の鎮守八竜神社は,寛元元年城主結城祐広が春日明神を勧請したものというが小祠を残すのみ。寺院は宝永6年再興の真言律宗西蓮寺(白河風土記)。寛政4年以来の白河城下の馬市場は,桜町と年貢町で隔年ごとに行われた。城下東南の裏町鍛冶町は長さ126間・幅2間4尺。化政期の家数48軒(白河風土記)。明治7年の遠藤家文書によれば桜町村は桜町と鍛冶町から成っている。旧福島県を経て明治9年福島県に所属。同年,天神町ほか9か町村および学田新田の一部と合併して白河町となる。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7031108 |




