大曽根
【おおぞね】

旧国名:常陸
桜川中流右岸の低地とその西側の筑波台地に位置する。地名のソネは山の峰の一段低くなり,丘をなしている所という意味の方言(新編常陸)。桜川上限の吹上貝塚(縄文中期~後期)や縄文中期の大曽根遺跡がある。松原古墳群は湮滅。浄土真宗常福寺は二十四輩中の寺で,天文10年久慈郡八田郷から移転したもの。文禄4年7月16日の中務大輔当知行目録写に「一,九百八十二石壱斗四升三合三夕〈大そ根 わかもり〉」と見える(佐竹義秀文書/家蔵文書)。地内に中城の小字があり,周囲には中世城館遺構を思わせる土塁と濠をわずかに残している。この大曽根城跡も小田進攻勢力の築城になるかと思われる。
【大曽根村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【大曽根(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7035862 |




