伏木
【ふせぎ】

旧国名:下総
鵠戸(くぐいど)川の中流域に位置する。縄文時代の青木貝塚,大塚山古墳群がある。字穴辺(あのべ)は穴穂部(あなほべ)命(安康天皇)御名代の地ともいい,古代猨嶋(さしま)郡の郡衙跡という説もある。「続日本紀」延暦9年12月条に猨嶋郡主帳としての孔王部山麻呂の名が見える。星智寺に青木城主朝貫らが武蔵国岩槻の慶雲禅寺から奪ってきた鐘があったが,下妻の多賀谷氏に,天正初年焼打ちにあって鐘は持ち去られ(佐怒賀家文書・中村正己家文書),現在下妻市大宝八幡神社にある。慶長17年8月6日の関東八州真言宗連判留書案に「同(下総国)幸嶋伏木同月日未刻 大政院在判」と見える(醍醐寺文書3/大日古)。
【伏木村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【伏木(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7039497 |




