若林
【わかはやし】

旧国名:下総
鵠戸(くぐいど)川中流右岸に位置する。鹿島様古墳がある。当地の集落の形式に関する史料として永和2年正月11日の年紀を有する当村草切覚(中村家文書)と明和3年正月11日の年紀を有する下総国猿島郡若林村之草切人為覚(台家文書)があり,いずれも偽文書であるが,中世後期の村落の事情をある程度示すものと考えられる。これらの史料によれば,「堀江公」という在地土豪の館があり,六郎四郎構・小次郎構・右京構・喜八郎構がその周辺に分布,金剛院・蓮生院やこれらをはじめとする僧俗20名が村を開いたという。また当時の村の耕地面積は5町23反であったという。
【若林郷(中世)】 戦国期に見える郷名。
【若林村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【若林(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7040368 |




