三色手村
【みいろでむら】

旧国名:下野
(近世)江戸期~明治9年の村名。那須郡のうち。箒川支流町井川沿岸に位置する。はじめ那須衆那須氏領,天和元年幕府領を経て,元禄11年からは旗本久世氏知行。村高は,「慶安郷帳」36石余(田26石余・畑9石余),「元禄郷帳」「天保郷帳」ともに175石余,「旧高旧領」では174石余。「改革組合村」では三と見え佐久山宿組合寄場に属し,天保年間の家数8。明治4年宇都宮県を経て,同6年栃木県に所属。同7年の「那須ノ原入会組合村高戸数取調書」によれば,戸数13・高174石余(大田原市史)。明治9年花園村の一部となる。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7043756 |




