森田
【もりた】

旧国名:下野
荒川流域で,右岸の沿岸低地および左岸の河岸段丘上に位置する。地名の由来は,荒川を挟んで森林がよく繁茂する平地に開けていることによる。田は耕作する田地を意味する。当地は,天治2年から平治元年まで須藤権頭貞信が管し,永万元年から文治2年まで須藤太郎宗資が管したという。文治3年那須太郎資隆の嫡子太郎光隆が当地に分知され,森田城を築いて居住し,森田氏を称したという。森田城は自然の急崖を利用した要害の地であったが,天正18年廃城となった。字上の台には,慶長5年大田原増清が築いた小塙館跡があり,水堀・曲輪・土塁などが歴然と残る。また,地内にはこのほかに,字根古屋の台地に根古屋城跡,その南西の尾根に高館城跡があり,いずれも,空濠・曲輪・土塁・竪堀などがその形をとどめている。これらは森田城の出城と考えられる。字鹿島前には樹齢800年といわれたケヤキがあったが,昭和24年朽ちて伐採された。また字弁天の厳島神社境内には樹齢300年といわれるイチョウがある。
【森田郷(中世)】 鎌倉期~戦国期に見える郷名。
【森田町(近世)】 江戸期~明治22年の町名。
【森田(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7043982 |




