和見
【わみ】

旧国名:下野
那珂川上流左岸,八溝山塊南部に位置する。地名の由来については諸説があり,古くは「那須記」などに地内に「唐の御所」と呼ばれた横穴墓があることから,もとは「倭見」と書いて大和を見る意であり,奈良期下野に流された道鏡と関係があったとする説が記されている。他方,これは附会であり,和見は「輪御」の仮借で霊廟のあった神域という意味で,高貴なる者の墳墓または居所からついた名という説もある。いずれにしても「唐の御所」と関係づけられているが,「唐の御所」とは,和見横穴群内にあり,凝灰岩丘陵の南斜面に掘りこまれた横穴墓で,前庭部・羨道部・玄室をもつ。羨道部・玄室には,天井が蒲鉾形をして中央に棟木が刻んであうなど特殊な構造をもち,単独の国史跡となっている。
【和見村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【和見(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7044236 |




