小串
【おぐし】

旧国名:上野
鏑(かぶら)川流域に位置する。西端を土合川が北流する。標高120~140mの深沢白石段丘(上位段丘)と標高95mの下位段丘三ツ木段丘にわたる。縄文・弥生・須恵・土師などの土器包蔵地がある。古墳6基があり(上毛古墳綜覧),うち3基は小字塚原にある。古くは数多くの古墳が存在したことを物語り,昭和40年代に古墳が確認された。「上野国神名帳」多胡郡に,従五位櫛子明神があるが,現在該当する神社は見当らない(上野国神名帳の研究)。「日本地理志料」に,疑子櫛之倒置とある(地名辞書)。小串村に隣接する現在の黒熊村の小字竒(くし)に竒神社があったが,明治42年に黒熊の浅間神社に合祀された。地名の由来はこれによるものとも考えられる。社は薬師森といい杉の大木が数十本茂る中にあったが,現在跡地は桑園となった(多野藤岡地方誌)。「吾妻鏡」建久6年3月10日条に見える小串右馬允を初見とし,「太平記」「足利武鑑」「鎌倉大草紙」などに見える小串氏は,当地の拠った武士と考えられ,足利尊氏の部将佐々木道誉が新地頭となり着任しようとする時多胡荘の国人衆が激しく抵抗した中に,瀬下・神保・小串氏がいる。
【小串(中世)】 室町期に見える地名。
【小串村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【小串(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7044819 |




