三波川
【さんばがわ】

旧国名:上野
神流(かんな)川に注ぐ三波川流域に位置する。丘陵地または山地で起伏に富み急峻で,東御荷鉾山・雨降山・桜山,その間の石神峠・温石峠・道神峠などが取り囲むように点在している。地名は地内を貫流する三波川に由来する。口碑によれば,この名は甘楽(かんら)・多胡・緑野(みとの)3郡の水が合流することによるという。古名を虚空蔵山と称した桜山の冬咲き三波川(サクラ)は国名勝および天然記念物,山頂には文和3年銘の板碑があり,その他地内には南北朝期・室町期の板碑・古塔が数基残る。下三波川の尾之窪城跡および旧三波川東小学校跡の枇杷根(びやんね)城跡は南北朝期に築かれた三波川地域城の堡塁(群馬県古城塁址の研究下)。天文21年3月20日の北条家朱印状(飯塚家文書/県史資料編7)によれば,「北谷百姓中」に宛てて「三波川谷・北谷之百姓等,早々在所へ罷帰,可作毛候」と還住を命じている。
【三波川村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【三波川村(近代)】 明治22年~昭和29年の自治体名。
【三波川(近代)】 昭和29年~現在の鬼石町の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7045567 |




