西国分
【にしこくぶ】

旧国名:上野
榛名(はるな)山南東麓,牛池川流域に位置する。地名は,古代の国府と国分寺建立にちなみ,寛永12年の検地帳から東西に二分され西国分村と呼称。字薬師廻りの台地状地形の田畑に縄文土器・土師器・須恵器・薬壺などの破片が広く出土し,また同所に康安2年在銘の宝篋印塔台石がある(国府村誌)。「上野神名帳」群馬郡西郡に所載される従三位大奈智明神と推定される熊野神社は速玉之男命ほか5神を祀り,紀州熊野三山神社の勧請といわれ,応仁年間聖護院の道興准后は当地の大蔵坊(山伏坊)に10日ほどとどまった(廻国雑記/県史資料編7)。大蔵坊は今の内山家で文安年間以降の古文書13通を所蔵する(群馬郡誌)。
【西国分村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【西国分(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7046523 |




