広沢
【ひろさわ】

旧国名:上野
渡良瀬川右岸に形成された河岸段丘上に位置する。北部から南部へ広沢用水路が貫流し,東部を新田用水路が流れる。古代賀茂神社の周縁,八王子丘陵の賀茂沢の谷口に集落が形成された。河岸段丘上には縄文・弥生時代の遺跡が点在し,また渡良瀬川の流れに沿って7世紀前半の築造と考えられる古墳8基があったが,現在は大部分平夷されてしまった。地内の賀茂神社は,「日本後紀」延暦15年8月16日条に山田郡賀茂神宮社に昇格とあり,その造立は古く,康平元年源義家が賀茂神社に参詣し神楽を奏上した(周東系図)という記録も残っている。また「吾妻鏡」文治2年3月27日条に,北条時政洛中警衛の勇士中に広沢次郎・同弥四郎・同五郎を選抜と見える。その後中世には岩松氏・園田氏・由良氏に属した。
【広沢郷(中世)】 鎌倉期~戦国期に見える郷名。
【広沢村(近世)】 江戸初期の村名。
【広沢村(近代)】 明治9~22年の村名。
【広沢村(近代)】 明治22年~昭和12年の山田郡の自治体名。
【広沢(近代)】 明治22年~昭和12年の広沢村の大字名。
【広沢町(近代)】 昭和12年~現在の桐生市の町名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7046830 |




