和田多中
【わだたなか】
旧国名:上野
烏川下流左岸に位置する。地名は和田氏族和田新兵衛尉が当地に居住したことによるという。中山道から吉井道への分岐点にあたり,秩父巡礼者の道筋として「秩父三拾四ケ所巡拝道」と刻まれた大坂商人寄進の石鳥居や,馬頭観世音の道しるべなどが多く残る。
【和田田中村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【和田多中(近代)】 明治22年~昭和26年の大字名。
【和田多中町(近代)】 昭和26年~現在の高崎市の町名。
 | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7047436 |