明戸
【あけと】
旧国名:武蔵
県北部,荒川中流左岸に位置し,荒川が造成した河岸段丘上にある。秩父往還(国道140号)が北部を東西に貫通する。台集落の北部に「堀の内」と称する中世の館跡が存在し,昭和41年その東方約200mの地点から五輪塔8,宝篋印塔1,応永の紀年銘ある板碑や骨蔵器3個が出土した。室町期に関東管領の執事上杉氏憲に仕えた瀬山氏関係の居館跡・墓所ともいわれている。戦国期は忍(おし)領成田下総守長泰の領下であった。
【明戸村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【明戸(近代)】 明治22年~現在の大字名。
 | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7047519 |