広島村
【ひろしまむら】

旧国名:下総,武蔵
(近世)江戸期~明治12年の村名。県北東部,中川と権現堂川の間の沖積地に位置する。葛飾(かつしか)郡島中川辺領のうち。古くは下総(しもうさ)国下河辺(しもこうべ)荘に属したといい,寛永年間に武蔵国に属したと思われる。地名は広く平坦な島状の地に位置したことによるという(口碑)。はじめ幕府領,元禄11年からは旗本久津見氏の知行。検地は元禄10年。村高は「田園簿」では広島新田として492石余,うち田260石余・畑232石余,「元禄郷帳」180石余,以後変わらず。減高の理由は利根(とね)川の流路変更および洪水によるか。村の規模は東西10町・南北12町。化政期の家数30軒。用水は島川(中川)から引水。助郷は日光街道栗橋(くりはし)宿へ出役。鎮守は天神社。寺院は新義真言宗金剛院など。明治4年埼玉県に所属。同9年の戸数46・人口260,馬14,耕作船30。物産は米・大麦・大豆。飛地が間鎌(まがま)村・中里村にある。明治12年郡区町村編制法施行に伴い,北葛飾郡北広島村となる。現在の栗橋町大字北広島のあたり。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7051554 |




