三保谷
【みおのや】

旧国名:武蔵
県中央部,市野川・荒川・越辺(おつぺ)川・入間(いるま)川に囲まれ,旧河川の自然堤防・後背地に立地する。「ミオ」は澪・水尾の意で,水路や淀を指し,三保の下に谷を加えたのは,荒川沿岸の湿地が開発地として着目されてからで,後世につけ加えられたものであろう(地名誌)。「平家物語」「吾妻鏡」に見える美尾屋・水尾谷氏の本拠地といわれている。当地には鎌倉期~戦国期(年号が確認できるものは文永11年~天文21年)の板碑が15基現存する(武蔵国板碑集録2)。
【三保谷郷(中世)】 室町期~戦国期に見える郷名。
【三保谷宿(近世)】 江戸期~明治22年の宿名。
【三保谷宿(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7051939 |




