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和田村
【わだむら】


旧国名:武蔵

(近世)江戸期~明治12年の村名。県南部,越辺(おつぺ)川と高麗(こま)川にはさまれた低地・自然堤防上に位置する。入間(いるま)郡入西(につさい)領のうち。はじめ幕府領,元和2年からは旗本稲生氏・河村氏の相給。村高は「田園簿」では155石余,うち田126石余・畑29石余,「元禄郷帳」155石余,「天保郷帳」では263石余。検地は稲生氏の知行が元禄4年,河村氏の知行が貞享4年。村の規模は東西・南北ともに5,6町。化政期の家数27軒。用水は越辺川の水を長岡村弥陀堰より分水して引用。村民は余業として,近郷の山から越辺川に下した材木を受け継ぎ,江戸へ運漕。村の東方に鎌倉街道の跡があった。村の東方と中ほどの2か所の越辺川に歩行渡りがあり,冬・春季には板橋を架した。しばしば越辺川の氾濫による水害を被った。高札場は村の東方と中ほどの2か所。鎮守は八幡社。寺院は新義真言宗吉祥寺。小名は堀ノ内・れんたい坊・上願寺など。明治初年小学校開設(戸口村に連合)。同9年埼玉県に所属。同年の戸数32・人口157,馬10,物産は茣蓙など。同12年入間郡に所属,郡区町村編制法施行に伴い入間郡東和田村となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7052623