大巌寺
【だいがんじ】

千葉市大巌寺町にある寺。浄土宗。山号は竜沢山,院号は玄忠院。本尊は阿弥陀如来。浄土宗関東十八檀林の1つ。天文年中生実城主原胤栄夫妻を開基に,道誉貞把(のち増上寺9世)が開山となり創建された。道誉流伝法の根本道場でもある。寺伝によれば,永禄3年に堂塔伽藍が整い,鎮守として東に愛宕,西に鷲明神,北に富士,客殿の前に天照皇大神などを勧請した。境内の林中に大沢があり,昔から竜が沢と呼ばれていたので,当寺を竜沢道場(精舎)と名付け,のち山号としたといわれる。この頃学寮は40余軒あったと伝えられ,寺領70貫を有していた。永禄12年には領主より寺門清安のため禁制の札を受け,天正5年2世安誉虎角の代に,胤栄より寺領ならびに屋敷などの安堵状をもらっている。虎角は徳川家康とも親交があり,関東の寺院中では最も早い時期に家康と関係をもった。このことは天正18年5月23日付および25日付の家康書状,同年7月28日付の家康寺領安堵状などの諸史料の存在が雄弁に語っている。そして翌年朱印100石を寄せられた(寛文朱印留)。3世雄誉霊巌は深川霊巌寺を開くとともに,房総地方の寺院の創建・復興に功があり,のち知恩院32世となった。原氏滅亡後は幕府の祈願寺として,また檀林として栄え,寛永年中には11か寺(寺院本末帳),元禄年中には26か寺(浄土宗寺院由緒書)の末寺を有していた。明治2年に勅願所の綸旨を賜るが,その後次第に衰微し,第2次大戦後復興した。所蔵の古文書類は「大巌寺文書」全5巻に収められている。境内の森林はカワウの生息地として,鵜の森の名で知られていたが,近年鵜は姿を消してしまった。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7055377 |




