田部
【たべ】

旧国名:下総
利根川支流黒部川中流域西方に位置する。なお現栗源(くりもと)町の田部は近世初期に西田部と改称され,また「千田の田部」と称されて「地蔵の田部」と称した当地と区別された(下総国旧事考)。地蔵とは天台宗西雲寺の本尊で,建長5年木内胤俊が中興にあたり,大和国橘寺より勧請したものと伝える(地名辞書)。境内には中世砦跡(手古内城)が残り,文政5年村民が発見した古墳墓からは3体の人骨を埋葬した石棺が出土している(香取郡誌)。ほかに馬頭観音堂の嘉元3年銘下総板碑や永享7年銘の銅造薬師如来像も伝わる。
【田部(中世)】 南北朝期に見える地名。
【田部村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【田部(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7055580 |




