二川村
【ふたかわむら】

(近代)明治22年~昭和30年の東葛飾郡の自治体名。東は利根川,西は江戸川に挾まれ,下総台地北西端に位置する。桐ケ作・古布内・東高野・西高野・中戸・新田戸・柏寺・親野井・次木(なみき)・東宝珠花・平井の11か村が合併して成立。旧村名を継承した11大字を編成。村役場は桐ケ作に設置。明治24年の戸数735・人口4,596,厩126,船214。同32年新田戸・桐ケ作のうち利根川左岸の地がおのおの茨城県森戸村(現境町),新田戸・桐ケ作,古布内のうち利根川左岸の地が同長須村(現岩井市)古布内となる。明治41年桐ケ作・東宝珠花・壬午の3校が合併し,二川尋常小学校開校,桐ケ作が本校,東宝珠花・新田戸が分校となるが,大正2年分校は廃校,同4年高等科を併置して二川尋常高等小学校となる。当村域内には,江戸川・利根川に,計10か所の渡船場があり,また村内南端江戸川沿いの東宝珠花には東京~関宿間の蒸気船の発着場もあり,昭和初期まで河港として繁栄した。しかし一方ではしばしば水害を受け,利根川・江戸川流域の低地から低い台地まで冠水することもあり,明治43年には江戸川が30間にわたり決壊,全村冠水した。大正14年江戸川の東宝珠花と埼玉県西宝珠花との間に船橋が架けられた。大正末期野田町との間に乗合バス開通。大正8年の戸数757・人口4,571。世帯数・人口は,昭和2年749・4,358,同15年775・4,770,同30年906・5,613。昭和30年関宿町の一部となる。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7056868 |




