興野
【おきの】

旧国名:武蔵
荒川下流北方に位置する。飛地の小名水久田・丁張とともに日光街道沿い西方に位置する。地名の由来は本木(もとき)村の奥の意で奥野村と称したのが,のちに興の村となったという。しかし奥と興の草書体は形が似ているため転写の誤りや誤読も考えられる。真言宗清光寺(阿弥陀院)は正応年間の起立といい,同寺末の善応寺は貞治年間の開基で,法流開山の祐性は延享5年7月3日寂と伝える(新編武蔵)。
【興野村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【興野(近代)】 明治22年~昭和7年の大字名。
【興野町(近代)】 昭和7~48年の足立区の町名。
【興野(近代)】 昭和44年~現在の足立区の町名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7059258 |




