下練馬
【しもねりま】

旧国名:武蔵
千川上水の北沿い,川越(かわごえ)街道の南沿いに位置する。中央を石神井(しやくじい)川,北端田柄(たがら)川が東流し,富士街道が北東から南西に走る。もと上練馬とともに1村であったが,江戸初期に上・下に分かれた(正保年中改定図)。新義真言宗の恵日山西光寺円明院の開山は賢栄阿闍梨,その名を刻した文亀元年の弁財天像線彫の板碑がある。同宗医王山不動院荘厳寺の開山は良仁(天正2年2月3日没)。同宗如意山万徳寺金乗院の開山は行栄(元和3年5月27日没),また開基は,村民の祖の木下大炊介(慶長17年8月27日没)と伝えている(新編武蔵)。
【下練馬村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【下練馬村(近代)】 明治22年~昭和3年の北豊島郡の村名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7061349 |




