留浦
【とずら】

旧国名:武蔵
多摩川上流北岸の山間地。七ツ石山(1,757m)・高丸山(1,733m)・鷹ノ巣山(1,736m)などの山麓。西は甲斐国(山梨県)に接する。峰谷川が多摩川に注ぐ。現在は奥多摩湖の北岸の地。「浦の留り」の意か。また禁漁の浦の意か。正保年中改正図には見えず,元禄年中改正図に川野・河内・原の3村とともに,小河内(おごうち)の冠称を付して見える。また同図には「留浦村ノ内峯村」がある。東京大学国語研究室旧蔵の写本の韻鏡の奥書に「弥勒二年(永正4年)丁卯三月十五日書写了 主什舜韻之字仮名私印融付之了 武州多西郡小河内峯於曇華庵書之了」とある(銘記集)。小字の福次には文明年間の月待板碑もあった(町教委保管)。
【留浦村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【留浦(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7062700 |




