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橋戸
【はしど】


旧国名:武蔵

川越(かわごえ)街道白子(しらこ)宿(埼玉県)の西南方,白子川上流の両岸に位置する。新義真言宗西円山教学院は,文永5年長円の創建といい,はじめ永福寺と称した。開基は,児玉(こだま)郡(埼玉県)本荘城主の庄弘泰・弘朝父子で,武蔵野合戦後の文和3年に来住して菩提寺とした。境内から文永8年・文和5年・嘉吉3年などの銘のある板碑5基が出土。永禄3年,中興開山の良賢が復興,宝暦5年三宝寺の末寺となり教学院と改称した(教学院寺記)。同宗愛宕山真福寺の開山は栄長(承応3年12月没)。また旧家の庄氏の祖先は,小田原北条氏の家臣の庄式部少輔行秀(元和8年6月29日没)の子の和泉守秀永。秀永は鉢形(はちがた)(埼玉県寄居(よりい)町)落城後,橋戸に来住し開発を志し,道覚と号し,寛永17年10月24日没した。坂下の庄忠右衛門という。戦国期の文書4点を所蔵(庄文書/新編武蔵)。
橋戸村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7063380