前野
【まえの】

旧国名:武蔵
中山道の西側沿い,志村城の前面にひろがる野原であった(板橋ものがたり)。新義真言宗の熊野山法界寺常楽院と挙一山遍照院長徳寺は,鎮守の熊野神社とともに熊野信仰に関係がある。村内の5か所に清泉が湧き出ており,小名に清水がある。文安5年11月の「熊野領豊島年貢目録」(米良文書)に「前野殿」と「しみつのけうせん」が見える。また大永4年小田原北条氏の江戸城攻めのとき,北条氏綱方の軍勢は,一夜のうちに塚を築いて志村城を攻略したといい,村人らはこの塚を一夜塚と呼んだ。大正5年頃まで一夜塚はあったという(新編武蔵・板橋区史)。
【前野村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【前野(近代)】 明治22年~昭和7年の志村の大字名。
【前野町(近代)】 昭和37年~現在の板橋区の町名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7064353 |




