上鉄村
【かみくろがねむら】

旧国名:武蔵
(近世)江戸期~明治初年の村名。武蔵国都筑(つづき)郡のうち。多摩丘陵の東縁部,鶴見川上流の左岸に位置する。江戸初期に鉄村が上鉄・中鉄・下鉄の3か村に分かれて成立。寛永10年・元禄10年ともに旗本加藤氏知行。村高は,「元禄郷帳」277石余,「天保郷帳」279石余。検地は天正19年・慶長8年・元禄5年。「新編武蔵」によると,江戸から8里,中鉄村と下鉄村を合わせて東西・南北ともに15町,家数44軒,溜井は2か所,また鎮守は,鉄3か村の鎮守であり,中鉄村にある青木明神杉山明神合社,ほかに第六天社・神明社,寺院は曹洞宗一抽山宗英寺,ほかに観音堂がある。溜井のほかに,用水路は中鉄・下鉄・大場・市ケ尾4か村との組合で鶴見川から取水するものがある。江戸後期からは神奈川宿の助郷村となる。家数・人数は,文政10年35軒・182人,天保14年26軒,安政2年32軒・184人(横浜農村明細帳/横浜市史1)。明治初年,中鉄・下鉄両村と合併して鉄村となる。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7066471 |




