100辞書・辞典一括検索

JLogos

106

武蔵国
【むさしのくに】


旧国名:武蔵

旧国名。現在の神奈川県川崎市・横浜市の大部分と埼玉県・東京都にまたがる。大化前代の「無邪志」の名を継承したもので,「和名抄」の訓は牟佐之とするが,本来は「むざし」と濁ったものであろう。国名の由来については,もと身狭(むさ)の国と称していたのを身狭上・身狭下に分け,前者が「さがみ」,後者が「むさし」となった(古事記伝),駿河・相模・武蔵の地を総称して佐斯(さし)の国と称していたのを上・下に分け,佐斯上(さしがみ)が「さがみ」,佐斯下(さししも)が「むさし」となった(同前),安房・上総・下総を含めて総(ふさ)の国といった一部が「ふさがみ」「ふさしも」に分かれ,前者が相模,後者の「ふさし」が武蔵に転訛した(陸路記・地名辞書)など種々の説がある。国名の初見は,「日本書紀」神功皇后47年7月条であるが,これは後世からさかのぼらせたもので,正しくは天武天皇13年5月甲子条。
(古代)「国造本紀」には当国地域で無邪志国造・胸刺国造・知々夫国造の3国造があげられており,そのうち知々夫はのちの秩父郡の地域であろうが,他の2つはいずれも「むさし」と訓めることから,重複と考えられ,当国は大化前代の無邪志国・知々夫国を合わせて1国としたものとされている。
(中世)治承4年源頼朝は挙兵し,主従制を軸にした新たな支配組織を東国に作り上げていくが,その際に当国の武士団の拠点となっていた国衙の在庁組織を利用することが必要であった。
(近世)天正18年8月1日徳川家康が江戸に入るや,小田原北条氏によって分解された古代の郡制を復し,江戸を中心に五街道をはじめ幾多の脇街道を整備した。
(近代)幕府領・旗本領・寺社領は,明治元年神奈川府を経て神奈川県に所属。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7069351