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【こし】


旧国名:越後

腰とも書いた。早川中流域。地名は,現能生町の谷部へ山越えができることによるという(西頸城郡誌)。古代北陸道は日光寺から谷根(たんね)地内の岩山に出て,早川を渡って右岸の岩本に着き,さらに上流の宮ノ平・吹原と進み,島道越えで能生の島道集落へ通じたとする説がある(糸魚川市史)。口碑によれば,近世早川谷大肝煎伴家の祖伴清永が南北朝期に南朝方として近江国より来住し,当地を開発したと伝える(西頸城郡誌・糸魚川市史)。その頃造られた石造塔婆の板碑2基が同家の葬地から出土(糸魚川市史)。伴家が支配した周辺9集落の総称である経田村の天正15年8月の永付帳(伴文書)に見える松木名と下村が慶長3年の頃,解体して中野村・腰村となったと考えられ,各村の検地帳が残る。地内には不動山城跡がある。上杉氏時代の城主は山本寺氏。不動山中腹の要害集落の中央に御殿屋敷跡があり,その一隅に矢倉跡,その付近にヤリトギヤ・ヤキイレなど鍛冶にちなむ地名がある(糸魚川市史)。
越村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
越(近代)】 明治22年~現在の大字名。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7073039