御前山
【ごぜんやま】

旧国名:越後
古くは前山と称したという(西頸城郡誌)。地元では「ごぜやま」ともいう。姫川水系島滝川源流域。地名は,もと駒ケ岳の山すその字宮の尾あたりを前山と称していたからとも(西頸城郡誌),能登国の石動山と関係が深く,石動山の山頂大御前の名にちなむともいう(糸魚川市史)。後説によれば,当地の若宮社も石動山からの勧請によるとする。天台宗雲台寺は越後三十三か所第1番札所。同寺は天正年間に廃寺となっていたものを,のち明治13年再興したという。本尊を安置する観音堂に,慶長11年清崎城主堀清重が雨乞祈願のため絵馬を奉納している(糸魚川市史)。
【こせ山(中世)】 戦国期に見える地名。
【御前山村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【御前山(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7073093 |




