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水保
【みずほ】


旧国名:越後

水穂寺ともいい,瑞穂とも書いた。海川支流水保川下流域。当地は,通称最明寺越えと称される古代北陸道と,姫川谷の東側を経て信州へ通じる御前山道の分岐点で交通の要衝であった。当地には古くは吉祥院・光明院・明徳坊・宝蔵坊など8坊を含む七堂伽藍があったという(西頸城郡誌)。慶長3年水穂村検地帳写では院主(吉祥寺)・玉円坊・金蔵坊・立蔵坊・泉蔵坊・宝泉坊・泉弌坊の7坊が確認される。水穂寺は吉祥院の別称,または寺院の総称と考えられる(糸魚川市史)。地名はこの水穂寺に起因する。吉祥院・光明院はのち明治6年廃絶,水保川を挟んで観音堂が残る。また地内に,吉祥院の鎮守であり,西海谷の総社として上杉景勝時代まで社領200石の寄進を受けていたという日吉神社がある(西頸城郡誌)。正中の変で,佐渡に流された日野資朝は7年後に首を切られ,その子阿新丸が佐渡へ渡って父の敵を討った。阿新丸は日吉の神を念じて光明院に難を逃れたと伝え,当地に資朝の墓がある(糸魚川市史)。
水保村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
水保(近代)】 明治22年~現在の大字名。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7078271