芦生
【あっしゅ】

旧国名:越中
「あっしょ」ともいう。御前(ごぜん)山の西,神通(じんづう)川東岸に位置する。地名の由来は不詳だが,塩(しお)の延喜式内社多久比礼志神社の社記に,白鳳年間,林弥鹿岐なる者が塩を求めて芦生・篠津(ささづ)(笹津)へ来たという伝えがあり「越中志徴」に「芦生塩壁山,高さ十一間程,横七間程,右山崩れに晴天の時分,小石に白き塩のようなるもの吹き出し,塩の味これあり」とあるが,岩塩を採ったという伝えはない。しかし,近くに塩・塩野(しおの)という地名や塩分泉があるところから「あっしょ」も無関係とも思われない。元文年間この地から楡原に移った上行寺の由緒書に,鎌倉期の元久初年新川郡芦生に真言宗法雲寺を創建したとあり,村立ては古い。
【芦生村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【芦生(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7079616 |




