寺家?
【じけ】

旧国名:越中
井田川中流右岸に位置する。大彦命北陸道巡遣の折,下人を永住させた地で,寺家は地下の転訛(肯構泉達録)との説もあるが,地元では元和2年岩住村が黒田・寺家・浜子の3か村に分かれ,「じけ」の意味不明のまま寺家の文字を当てたとする(婦負郡誌)。ただし正保4年・元禄11年ともに岩住村として記されている(高付帳・高辻帳/県史近世下)。また「三州地理志稿」には楡原(にれはら)郷のうちに岩住の記載はなく、浜子・寺家・黒田の名が見える。当地を中心として,一帯に広がっていた林を天神林と呼び,天文21年井田館の斎藤利忠が上杉方の寺崎民部を迎え討った激戦地で,利忠の子孫三郎・利憲・家老浜野頼母戦死の跡に八幡の小祠があり,天神林古戦場の跡を示している。
【寺家村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【寺家(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7081675 |




