長坂
【ながさか】

旧国名:越中
石動山(565m)の東南山麓に位置し,西北境は石川県に接する。村名の由来は,この村より石動山へつづく長い坂があることによる(越中志徴)。地形は盆地であり水田は棚田である。地内字貴船には縄文土器散布地がある。中世には石動山の影響をうけて,長坂にも多くの寺院僧坊があったらしく,大づる坊・法信坊・かんちょう寺・不動などの地名が残る。鎮守の長坂神社はもと五社権現と称し,石動山の地主神,延喜式内社伊須流伎比古神社を勧請したものである。天正2年創建の曹洞宗光西寺は近隣の村にまで檀徒がおり,真宗門徒が圧倒的に多い氷見地方にあっては稀有のことである(三州地理志稿)。民俗行事などにも他地域と異なるものが多い。集落は馬場出・大橋出・山田出・別所出の4垣内(かいと)に分かれる。
【長坂(中世)】 南北朝期に見える地名。
【長坂村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【長坂(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7083134 |




