水戸田
【みとだ】

旧国名:越中
金山丘陵西端の山麓に位置する。東北は下条(げじよう)川。伝承によると村はもと北の惣分地内にあったが,大火により全焼,住民が新しい村づくりを北陸往還筋に求めたのが永禄の頃とされている。西法寺が礪波(となみ)郡三谷(みたに)から寺基を移したのが永禄5年6月で,街道筋には民家6軒しかなく,この頃ようやく新しい村づくりが開始されていた(同寺伝)。失火のもと集落跡に神社が残っていたので通称焼ノ宮と称する。三土田・三戸田とも書き,近在3か村出会による村づくりから生じた地名とする説がある。また,藩政期には宿駅として栄え,町並みからの出火が多く,火難を恐れた村人が,水によってこれを防ごうとした民俗信仰に発したのが,水戸田となったという説もある。
【水戸田村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【水戸田村(近代)】 明治22年~昭和29年の射水郡の村名。
【水戸田(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7084707 |




