暮坂
【くれさか】

旧国名:能登
能登半島北部,皆月川上流の山地の中腹に位置する。地名の由来は「朝に皆月を出でて暮に達し得る地なりといひ,或は部落の位置高所に在りて,夕陽能く之を照すの意に出づとも言ふ」(七浦村志)という。大永3年~天文5年のものと推定される筠渓和尚志津良荘年貢帳に「暮坂分百五十五束苅二貫百六十四文」と見える。麦屋節のお小夜の墓と呼ばれる墓がある。また久佐木平と呼ばれる台地が東北の山上にあり,ここに立てば西浦・七浦・七ツ島・舳倉島などが一望でき,昔領主巡視の際休憩したとされる御茶所跡が伝えられている。東部に次右衛門滝という滝がある。
【暮坂村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【暮坂(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7086946 |




