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西尾村
【にしおむら】


(近代)明治22年~昭和31年の能美(のみ)郡の自治体名。北流する郷谷川の中・上流域で山間地。北流する西俣川が中央部で,西流する松岡川が北部でともに郷谷川に合流する。塩原・布橋・沢・三ツ谷(みつたに)・松岡・池城(いけのじよう)・岩上(いわがみ)・尾小屋(おごや)・西俣・観音下(かながそ)・波佐羅(はさら)11か村が合併して成立。旧村名を継承した11大字を編成。大字布橋に役場が設置されたが,西俣・尾小屋・岩上3大字の住民からは役場が遠いので,大字尾小屋に役場を分離設置するよう,建議書が提出された。村名は西俣・尾小屋両村より1字ずつとって命名。産業は,尾小屋鉱山の銅が大半を占めるが,この他大字観音下で石材の切り出しも行われた。また明治中期~昭和初期にかけて大字西俣・岩上・布橋を順次に耕地整理を実施。鉱山は,明治37年横山鉱業部が創設,明治38年から近隣の鉱山・鉱区を吸収して発展。同41年には鉱山鉱業権者より西尾村長に対し,村税戸数割の25%を寄付するという「寄付金採納願」が提出された。大正3年新丸村大字丸山に発電所が建設され,750kwを発電,鉱山・住宅用に使われた。同8年,尾小屋鉄道が開通し小松町との間を結ぶ。災害としては,大正6年尾小屋沈澱池の決壊による村民18人の溺死,昭和13年尾小屋鉄道の媒煙により民家22戸の焼失などがある。鉱山は第1次大戦後の不景気や,相次ぐストライキのため衰退し,昭和6年には日本鉱業株式会社の経営となった。しかし,大字尾小屋は西尾村の政治・経済の中心地となっているので,役場移転問題が再燃し1年半にわたる紛糾の結果,昭和28年大字尾小屋・布橋の中間に当たる大字波佐羅に移転。戸数・人口は明治22年503・2,832,大正9年832・5,003。昭和28年の世帯数1,108・人口5,352。同31年南能美町案なども出されたが,小松市へ編入。大字三ツ谷は小松市光谷町となり,残余の10大字は同市の町名に継承された。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
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