西保村
【にしほむら】

(近代)明治22年~昭和29年の鳳至(ふげし)郡の自治体名。能登半島の外浦海岸に位置し,北は日本海に面する。上山(かみやま),西二又(にしふたまた)・上大沢(かみおおざわ)・大沢(おおざわ)・赤崎(あかさき)・下山(しもやま)・小池(おいけ)の7か村が合併して成立。旧村名を継承した7大字を編成。大字大沢に村役場を設置。地名の由来は,当地区が中世に大屋荘西保に属し,また大沢にある静浦神社の社名を音読し,「せいほ」と呼んだことによる(西保村史)。戸数・人口は明治22年316戸・1,841人,大正9年294戸・1,738人。昭和28年の世帯数313・人口1,909。昭和4年郵便取扱い所設置。同21年一般電話架設。同32年バス路線が開通,また村立公民館は昭和25年,図書館は大正9年に設置されている。明治40年に赤痢が流行し大字上山・上大沢・大沢において患者73名・死者9名が出た。同41年7名,同43年11名の赤痢患者を出した(同上)。同45年には県より医者の派遣を得て予防注射をするなど努力をした。しかし大正4年8月に9名が発見され,うち4名が死亡。また昭和18年8月に大字上大沢に赤痢が流行し3名が死亡(同上)。大正3年大字上大沢が大津波に襲われ,また昭和11年,同20年には大水に見舞われ水稲8町歩・小麦6反・薯18町歩等の被害が出ている。なお大火による被害も多く,明治29年5月大沢地区での出火では家屋47戸・納屋26棟・土蔵5棟のほか,学校・神社も類焼している(同上)。また多く天災にも見舞われ,昭和7年1月中の大雪,同9年・11年の大洪水,同20年7月の大雨による被害として水稲8町歩・小麦6反歩・薯18町歩。さらに同31年7月の奥能登大水害時には,家屋半壊3戸・床下浸水60戸・水田冠水70町・土砂埋没水田35町・県道決壊35か所・山林決壊20町歩・木材流失300石余となっている(同上)。産業としては,漁業・農業があるがともに専業は少なく,ほとんどが兼業。工業は木地型の生産が多く,大正中~後期に最盛期であった。昭和29年輪島町・大屋(おや)村・河原田(かわらだ)村・鵠ノ巣村・南志見(なじみ)村・三井(みい)村と合併し,輪島市となる。7大字は同市の町名に継承された。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7088907 |




