海士坂
【あまさか】

旧国名:若狭
鳥羽谷の最北に位置する。地名の由来は,山向こうの田烏から坂を越えて海士が水産物の商いに来たところから海士坂と名付けられたという(若狭郡県志)。字独活坊は真言宗の寺院跡で石地蔵・五輪塔があり,霊地とされている。中世城跡として,西田坂に武田氏家臣香川右衛門太夫の弟香川信濃守が拠ったという田井城跡がある。六斎念仏が古くから伝えられ,盆には各戸を巡回する(上中町郷土史)。神明講・天神講・山の神講・念仏講・伊勢講・永平寺講がある(海士坂区有文書)。はやく慶長3年10月15日の代官所物成目録に「〈鳥羽谷ノ内〉海士坂村」518石余が見える(桑村文書/小浜市史諸家文書編)。
【海士坂村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【海士坂(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7090727 |




