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兼田
【かねだ】


旧国名:若狭

北川の中流右岸に位置する。建久7年6月若狭国源平両家祗候輩交名案(京府東寺百合文書ホ)のうちに包枝(かねえだ)太郎頼時の名が見える。伝説によれば兼田は武生(むしゆう)から分かれたもので,もとは兼枝とも書いたという(野木村誌)。兼田・井ノ口・天徳寺・神谷・日笠・玉置・武生・加福六は,「右此の八箇村,家一軒に一日ずゝをき次々へ廻申し候,因茲廻地蔵と申し候ふ」(若州管内社寺什物記)とあるが,現在も続いており「玉置の庄廻り地蔵」として町民俗文化財に指定(若狭かみなかの文化財)。
兼田村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
兼田(近代)】 ①明治22年~昭和30年頃の大字名。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7091835