志比堺
【しいざかい】
旧国名:越前
志比境とも書いた。福井平野の東端,九頭竜川中流左岸段丘上に位置する。東は志比荘に続き地名の由来をなす。南方山上の手繰ケ城山古墳は北陸最大級の前方後円墳。段丘・葺石・陪冢を有し築造は4世紀末とみられる。また,式内社推前神社鎮座の地にも比定されている。
【椎堺村(中世)】 戦国期に見える村名。
【志比堺村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【志比堺(近代)】 明治22年~現在の大字名。
 | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7092792 |