下氏家
【しもうずえ】

旧国名:越前
丹生山地東端三床山の東,日野川左岸の平野部に位置する。「鯖江市史」民俗編によれば,枝村殿(でんが)村の金毘羅宮のすぐ東の20坪ばかりの草地(堀廻とよんだ)が立髪兵庫頭の家臣天下兵庫頭の城跡であったといい,土地改良で現在は水田になっている。これについて「城蹟考」には「下氏家村ヨリ三町計午方畑之中ニ三十間四方土居堀形有」と記載。北の方にも旗本の館跡といわれる100坪ほどの畑地(五輪塔のようなものがあった)が川地平馬の館跡といわれたが,土地改良で水田になり,塔も共同墓地に移された(鯖江市史民俗編)。慶長国絵図では丹生北郡に氏家村上下1,201石余とある。
【下氏家村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【下氏家(近代)】 明治22年~昭和30年の大字名。
【下氏家町(近代)】 昭和30年~現在の鯖江市の町名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7092956 |




