紅梅町
【こうばいちょう】

(近代)明治8年~昭和39年の町名。もと甲府城郭内の武家屋敷地であった山田町筋新道が改称して成立。甲府城内外の堀の埋立てと道路新設工事により新たに町として起立した。甲府市街地の中心部に位置する。町名は同時期に近接して起立された橘・錦・常盤・桜などの各町と同じく佳名として名付けられた。明治17年甲府総町戸長役場,同20年から甲府錦町外三十六ケ町戸長役場の管轄区域に入り,同22年甲府市に所属。明治22年の戸数51・人口263,以後の世帯数・人口は,大正9年78・420,昭和26年98・459。明治32年に甲斐新聞社,同41年に山梨毎日新聞社が設立された。昭和20年の空襲では町内86世帯中81世帯が全焼(甲府空襲の記録)。第2次大戦後市内商店街の繁栄が西へ移るのにしたがい,同25年町内中央部を北の桜町から南の常盤町に縦断する通りがオリオン街として商店街を結成すると,当町も商業街として繁華さを増した。同39年丸の内1~3丁目の一部となる。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7096908 |




