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丹波山村
【たばやまむら】


旧国名:甲斐

古くは田和山・丹波・田波・丹婆・玉山とも記す。秩父山地と大菩薩嶺との間に位置し,多摩川上流の丹波川沿いの河岸段丘上や山岳傾斜地に集落がある。地名の由来には,峠を意味するタワ・タバにちなむとか,雫が集まって東流する多(丹)波川にちなむとか,「倒す」が転訛したもので崖地・河岸段丘・自然堤防を意味するもの,また撓(たわ)んだ地形の意味によるものと諸説あり,地形的特徴に由来するものが重視される。正月の民俗行事に「お松引」「カドンドウシン」がある。当村は,文禄3年以前は小菅村と同じ1郷であり,この地域は10世紀には征茂(せも)郷であった可能性があり,中世には丹波山郷と称されていた(国志)。「日蓮年譜」によれば,日蓮が文永6年に勝沼・北原・田波・黒川を訪れたという(同前)。また,近世初頭まで黒川山より丹波山に至る一帯では砂金を産出し,「黒川山金掘」「丹波山金掘」の衆がいた(同前)。文禄3年3月9日の浅野長政・長継連署判物写によれば,浅野家は丹波山の金掘に以前のように「丹波山ノ内山河芝間」における黄金掘を許可し,刀道具の所持を認め,諸商役を一切免除として金山の保護につとめている(旧保野瀬村百姓所蔵文書/甲州古文書3)。丹波地区には,中世の芦沢将監の屋敷跡と伝えられるところがあるが,丹波山は室町期~戦国期は,小菅村の川久保の城館をもつ小菅氏の支配下にあった(国志)。縄文時代の高尾遺跡・中宿遺跡・西原遺跡がある。
丹波山村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
丹波山村(近代)】 明治22年~現在の北都留郡の自治体名。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7097571