八幡町
【はちまんちょう】

旧国名:甲斐
(近世)江戸期~明治5年の町名。江戸期は甲府城下上府中(古府中)26町の1町。武田氏の時代に築営された町の1つで,甲府築城にともない新城下に組み込まれた。町人地。甲府城の西北,外郭に位置し,東の御崎町,西の塩部村に挟まれた東西の通り。町名の由来は,甲府城築城により城の乾の守護神として武田氏館跡にあった御崎稲荷明神を移築するに際し,古府中の八幡社近傍にあった八幡の地名を御崎神社の隣接地へ移したことによるといわれ,古府中の方にはその後古八幡の地名が残る。主として農民が居住し,戸口は寛文年間46人(甲府御用留/甲府略志),貞享4年21戸(上下府中間別/同前),享保5年52人(上下町中人数改帳/甲州文庫史料2),宝暦12年27戸(甲府町中人別改帳/同前),文化初年21戸・31人,うち男15・女16(国志),天保7年20戸・25人(甲府上下町屋敷数人別改覚/甲州文庫史料2)。町人足役を勤める大助32町の1町で,年間の人足出役基準は4人。明治3年の戸数6(甲府町方家数人数取調書)。同5年御崎町の一部となる。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7098061 |