御坂峠
【みさかとうげ】
南都留(みなみつる)郡河口湖町と東八代(ひがしやつしろ)郡御坂町の境にある峠。御坂山地の黒岳(1,792.7m)と御坂山(1,596m)の間の鞍部。標高約1,520m。笹子峠とともに郡内と甲府盆地を結ぶ重要な峠である。それだけに古くから利用されると同時に変遷も大きい。その昔,日本武尊がこの坂を越えて甲斐の国に入ったことから御坂といい,その坂が通じる峠の意という。奈良・平安期の頃,東海道横走駅から延喜式にある加古坂(籠坂)・河口・水市を通って甲斐の国衙に至る官道は当峠を越えた。「承徳本古謡集」に「甲斐人の嫁にはならじ事辛し甲斐の御坂を夜や越ゆらむ」の歌があり,また,「夫木抄」には能因法師の歌として「み坂ぢに氷かしげるかひがねのさながらさらすてづくりのごと」が見える。峠道は中世には鎌倉と甲斐を結ぶ鎌倉往還で,政治的軍事的要路で信濃や北陸方面への連絡路であり,鎌倉文化の移入路でもあった。戦国期には甲駿相の軍事上の要地で,天正年間武田氏滅亡後甲斐をねらう北条氏の拠点となった山城があり,今も峠から東西にわたる尾根上に構築された御坂城跡がある。近世は笹子峠を越える甲州街道の発達により,近代は国鉄中央線の開通により峠道は廃れた。御坂町藤野木付近で有料道路の県道河口湖御坂線を分岐した国道137号は御坂山を挟んで当峠と対向する地点を通って河口湖町で再び県道河口湖御坂線を合わせる。この国道137号の峠越え付近に太宰治の「富岳百景」で知られる天下茶屋があり,その近くに「富士には月見草がよく似合ふ」の文学碑がたてられた。国道137号は国中(くになか)と郡内,静岡県御殿場方面を結ぶ重要な交通路である。峠のほぼ直下に昭和42年4月,全長3,875mの御坂トンネル有料道路(県道河口湖御坂線)が開通し,2,778mの新しい御坂トンネルが開削された。
| KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7098447 |