東条?
【ひがしじょう】

旧国名:信濃
奇妙山・尼巌(あまかざり)山・可候山・皆神山山麓,千曲川支流藤沢川流域に位置する。皆神山の北西麓に大日堂があり,その脇からは清水が豊富に湧出している。その近くの中条遺跡から縄文土器片と磨製の石斧が採集され,屋地遺跡からは弥生後期~中世・近世の遺構・遺物が発見された。天王山麓にある玉依比売命神社は,「延喜式」神名帳によると埴科(はにしな)5座の一つである。積石塚としては県下最大の菅間王塚古墳や竹原笹塚古墳など古墳も多い。建武3年正月13日・17日に村上信貞が清滝城を攻めている(市河文書/信史5)。戦国期には尼飾城に東条氏がおり,加賀井・長礼・田中などが城下町であった。
【東条郷(中世)】 戦国期に見える郷名。
【東条村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【東条村(近代)】 明治22年~明治26年の埴科郡の自治体名。
【東条(近代)】 昭和26年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7102841 |




