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深沢村
【ふかさわむら】


旧国名:信濃

(近世)江戸期~明治5年の村名。水内(みのち)郡のうち。犀川の支流深沢川の谷間に位置する。地名は深い谷間に位置する地形による(地字略考)。松代藩領。郷帳類には記載がなく村高はすべて吉窪村に含まれているが,藩政関係のものには独立村として扱われており,村役人も独自に存在した。村高は,寛文4年の川中島十万石本田新田高辻帳(県史近世史料7‐1)に,高拾万石領地のうち新田として当村の名が書きあげられ,76石余となっている。天保11年の免相本新田高付帳(同前)に,高190石余・新田66石余,免2ツ9分。元和4年の川中島知行目録(同前)に,吉窪村の付箋にうるし1貫320目として当村が見える。文化6年の封内人員に,人数302。安政3年の領内村々家数留(同前)に,家数62。家数等改帳に慶応4年の家数60・人数326。弘化年間の地震では,村内の山が崩れて沢を堰止め,湛水の高さ4~5丈・長さ200間余におよび,畑が水没したという(むしくら日記/信叢9)。寺社は,元禄10年の堂宮改帳によれば,あみた堂・くわん音堂・山神・いつな堂・いせみやの3堂2社があった。明治4年松代県を経て長野県に所属。同5年吉窪村の一部となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7103036