米持
【よなもち】

旧国名:信濃
百々(どど)川と鮎川に挟まれた扇央部に位置する。下方の九反田村と,ひと続きであった当地は,たび重なる洪水により,現在地に移動した。谷街道の西側,九反田(くたんだ)寄りにあった米持神社も,正徳5年東隣の野辺村境の古白山社のすぐ下に移動している。地名は「和名抄」高井郡五郷の一つ稲向郷の転化で,稲向・米用・米持と転用されたことによるとされる。野辺境に積石
の天神古墳4基があり,1号墳は一辺約36mの上円下方墳と推定され,屋形埴輪を出土。
【米持(中世)】 鎌倉期に見える地名。
【米持村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【米持(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7104008 |




